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7820型臨時快速「たびじ」、3070系「藤岡行」

 こんにちは。
次回は「モハ7806型最期の活躍」の2回目を予定していましたが、モハ7806の写真を編集している過程で7820型の臨時快速「たびじ」や3070系の「藤岡行」の写真が出てきました。
コメントをいただいている内容ですので、今回は、7820型臨時快速「たびじ」、3070系「藤岡行」について紹介させていただきます。

590626-3037-7841.jpg
590526-3037-833.jpg
前々回の「新栃木8000系本線仕業(続き)」の17枚目でクハ84118を先頭の219レを撮影したのと同じ場所です。
S59.6.26 栗橋~新古河間で撮影しました。3037レ臨時快速「たびじ」7841+841+7833+834+7834+833の編成です。臨時快速と言っても一般の客扱いと違い集約輸送(修学旅行等)の団体用の臨時快速で、浅草~東武日光間の運転でした。先頭の7841+841は、長らく森林公園に配置され東上線で活躍してきました。78型の更新の進捗によりS58~59頃に7835~7844の10編成が、館林・春日部検修区に転属してきました。それまで、本線には7820型の2両固定の配置は無く、6連を組んだ場合に下り方2両には必ず7300.7800.7860.7870.7890型が入り7820型で統一された6連を見ることは出来ませんでした。東上からの7820型2両固定の転入により、7820型で統一された美しい編成を見ることが出来るようになりました。浅草方の7833編成4両固定も昭和40年代には森林公園に配置され東上線で活躍したことがあります。
S59.1.1の配置表を見ると、既に更新入場済みの7860型を除き春日部検修区には78型の配置はありません。本線系統では館林と新栃木のみの配置となっています。前に述べた通りS59.5.1付で館林検修区の78型が全車春日部検修区に転属し、更新までの僅かな間でしたが通勤快速や臨時快速運用での活躍を見ることが出来ました。しかし、これら7820型もS59中には5070系への更新のため順次西新井工場へ入場し杉戸で解体されていきました。
短い期間でしたが、S59は本線の78型が最期の輝きをみせた年でした。この他に7870型の更新が開始され、S60の更新予定車も一部を除き、森林公園へ転出して年末をもって本線78型の営業運転は見られなくなりました。

Image23.jpg
S62.1.3 新大平下~栃木間で撮影した3176~3476の458レ「藤岡行」です。この時点で藤岡行は朝夕のみの運転で本数も少なくなっていました。写真の3176編成はS50にモハ5800編成を更新したもので、直角カルダン方式の車両でしたが調子が悪く5700型のFS106台車と交換し、吊り掛け式の戻されています。快速運用が無くなったあとも暫く団体用の臨時快速運用についていましたが、末期は日光・宇都宮線のローカル用でした。更新前の5800編成は73・78型以外の営業用の旧型電車では唯一セイジクリームになった車両です。2ドアクロスシートで国鉄の42系電車を思わせる、とても好ましいスタイルの車両でした。
57型と同じFS106台車を履き3070系の中で一番好きな車両でしたが、3070系では一番早くH7.8に廃車されています。

今回は、7820型臨時快速「たびじ」、3070系「藤岡行」について紹介させていただきました。
いつも沢山の方々にご覧いただき、ありがとうございます。何かお気づきの点がありましたら、コメントをお願い致します。次回は、「モハ7806型最期の活躍」の2回目の記事を作成中です。
ありがとうございました。

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パンタグラフ

こんばんは!
7833Fにはちょっと思い出があり、恐らく車番を意識した車両です。
東上線にいた頃(1973年?)に中間車改造されたときに、異常に狭い貫通路になったとき、車番を確認したのが始まりです。引き通し線の取回しなど、思いっきり東上仕様でしたが、いつの間にか転属していました。同じく転属した7823Fは、一時期応援?で、東上に戻ってきましたが、7833Fは戻って来なかったですね。
3175Fは、やはり5800の生まれ変わりということで、気になる車両でした。3070では、早い廃車だったのですね。
ところで、今回の写真を拝見すると、パンタグラフのシューが2本ですね。霜取りパンタがついた編成で2本シューのものを見ましたが、3070はみんな交換されたのでしょうか

3176の上部灯など

そうでした。昭和58年まで、本線の78系は数を減らし、8000系運用が増えていきました。ところが、東上からの更新待ち転入で、ふたたび78系運用が増えたのです。
日光・宇都宮通勤快速も、一時は8000系の運用になっていましたが、78系が復活したので驚いたものでした。

3070の藤岡行き、懐かしいです。ひとつ気づいたのですが、3176の上部灯が残っています。
昭和60年に新塗装が始まり、数ヶ月は上部灯を残したまま出場していましたが、すぐ撤去が始まり、1年ぐらいで消えてしまった記憶があります。9月にアルナから入線した5183編成は、最初から上部灯がついていませんでした。
そういう経緯だと思っていたので、3176にこの時期まで上部灯が残っていたというのは、ちょっと驚きでした。まだまだ知らないことはたくさんあるものです。

No title

 私は、上りの藤岡行きの存在も知りませんでしたし、もちろん乗ったこともありませんが、下りの各駅停車藤岡行きは、乗らないまでも何回か見たことがあります。当時の学校は土曜半日でしたが、その帰りに「各駅停車藤岡行き」が来て、ほとんど聞かない駅名と、あとで路線図を見てその遠さに驚いたものです。東武動物公園以北は準急でも各駅停車になりますが、浅草から藤岡までずっと各駅停車で運用する意味はさっぱりわかりませんでした。

 程なく準急新栃木行きに格上げされ、新栃木行き大増発となったそうですが、言われてみればそれまでは伊勢崎線準急ばかりだったような記憶もあります。

こんにちは。
お察しの通り「かしとれ」に投稿させて頂いております、3551Fです。
地元で馴染みと言うこともあり模型で作り、気に入っているウイングバネの車両です。その時は3551F、3556F、3661Fを制作しました。

今でも栗橋付近はのどかで良いですよね。撮影出掛ける度、このロケーションで73・78や6000、DRCが来れば…と考えたりします。

3070系のお話がありましたが、このようなアンテナと標識灯どちらも装備し、かつ新塗装という時期は30・50・80どれも短かった様な気がします。ふと思ったのはこれにプラスして車番の入った時期はあったのかなと言うことですが、考え始めれば切りないですね。

貴重な記録をありがとうございます。

Re: 3176の上部灯など

 こんにちは、booklet様。コメントありがとうございます。
今回は7806の最期の活躍を3回に渡り、紹介させていただきました。7806は通勤快速で宇都宮線に良く入線していましたね。本来の輸送量から見て、4両が宇都宮線で2両が日光線が順当だと思いますが、この列車は違っていました。ただ、宇都宮線には221ㇾのまま列番を変えずに入るに対し日光行は921ㇾに替わっていました。
草加からだと、野州平川と合戦場が限界で合戦場で1度7845編成の通勤快速を撮影したのみです。

機会があれば、宇都宮線の7870型も紹介したいと思います。

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東武73・78型旧型電車

Author:東武73・78型旧型電車
昭和60年に消えた、東武鉄道の73・78系の懐かしい写真を紹介します。


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