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春日部検修区4両運用(その2)

 こんにちは。
前回は春日部検修区の78型4両運用について紹介しましたが、S58に入ると春日部検修区に残っていた7820型、7860型のなどの更新が進み、更新がまだの車両でも館林検修区へ転属となりS58年末の時点で春日部検修区の78型は配置が無くなりました。S59に入り、7835と7871編成が3.15付で春日部検修区に配置替えとなりましたが、4.6には更新入場してしまったので、直ぐに78型の配置は無くなりました。
しかし、S59.5館林検修区の78型運用終了により78型28両が春日部検修区に転属となり78型が最後の輝きを見せた年でした。この年より、5070系への更新修繕が急ピッチで行われため78型の活躍も長続きはしませんでした。S59.10の時点で新栃木検修区の78型も運用を終了し、一時的に新栃木から78型10両の転入がありましたが、森林公園への再転出で、S59末で春日部検修区の78型は定期運用を終了しています。

Tc5453 810926
5050系への更新が進み78型の配置が減ってくると、5050系が4両運用に入ることが多くなりました。
S56.9.26 春日部駅で撮影した452レ5453+5353+5253+5153です。この編成は7805.07の更新車です。

Tc5656 820401
S57.4.1 草加駅で撮影した839レ 5656+5556+5655+5555です。7823.24編成の更新車です。

378-14.jpg
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S59.5.21 春日部駅で撮影した839レ 7886+886+7883+883です。森林公園に新栃木の7870型が転属が始まったのがS59.11からですが、それより先に7883はS59.6に7886はS59.7に森林公園に転属しています。

389-31.jpg
S59.6.11 松原団地~新田間で撮影した839レ 838+7838+883+7883です。今まで田んぼだったところですが、外環の建設のため耕作が終わり荒地になっていました。

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S59.7.13 和戸~久喜間での撮影445レ 7833+834+7834+833です。7833編成ですがこの後7.19に更新のため西新井工場に入場しています。入場を控え4両単独の組成となったため、4両運用に入ったものと思われます。4両貫通の綺麗な編成です。

431-10.jpg
S59.9.28 草加~松原団地間447レ 7884+884+7839+839です。高架複々線化の工事も進んでいます。

452-27.jpg

S59.11.13 梅島~西新井間452レ 839+7839+884+7884です。この場所は今でも有名撮影地として紹介されています。この7839編成は本線の7820型として最後まで残り、S59.11.26に更新入場しています。S59.12.7に森林公園の7848.7849編成が更新入場し、7820型は消滅しました。

455-14.jpg
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S59.11.16 和戸~久喜間で撮影した452レ 839+7839+884+7884です。7839が最期の活躍をしています。これが私が最期に撮影した春日部検修区の4両運用の写真となりました。この日(S59.11.16)時点で春日部検修区に所属していた78型は、7839.7873.7874.7875.7884の10両でした。7873.7874.7875はS59.11.7に新栃木から転属してきましたが、S59.12とS60.2に森林公園へ再転出しています。また7884は最期まで春日部残り、更新種車解体のための西新井~東武動物公園間の回送の牽引車として本線最期の78型として活躍し、S60.4.22更新のため入場しています。
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コメント

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No title

今回も貴重なお写真を公開いただき、ありがとうございます。

昭和59年には、後の外環道部分の耕作は終わっていましたか。もうちょっと後まで田んぼが残っていたかと思っていたのですが、気のせいだったようですね。となると、この辺りに一軒残っていた、防風林がある平屋建ての家でも、この頃にはなかったのでしょうね。

さて、松原団地-草加間の高架部分は、かなり早くから作られていましたね。父と都内に出かけた時に、私が、
「ここに何の建物を作っているの?」
と聞くと、父は、
「これは、西新井から先のように、電車が上を走るための橋を作っているんだよ。出来上がるのは、(私)が、大人になる20年くらい先かな?」
と言っていたのを思い出しました。
当時は、「早く出来ないかなあ。」と思っていましたが、この頃はまだノロノロで、1988年以降は急速に工事が進んでいったように思います。

Re: No title

 耕作が終了していたのは、この一角だけで後ろぬ写っている踏切付近にはまだ水田が残っていました。
測量のためか、休耕田に指定されたのかどちらかでしょうか。工事は昭和40年代末から始まっていた記憶があります。完成まで随分時間がかりましたね。

No title

 確か、現在でも始発の上りは4両編成だと思うのですが、日中の4両編成はいつまで運転されていたのでしょうか??

母と出かけたとき、越谷駅の後ろの方(市の産物のショーケースがあったあたり)にいたら、来た電車が4両編成で、あわてて「4両編成は、これより前に止まります」の札の前に走っていった思い出が最後でした。

Re: No title

 こんにちは。コメントありがとうございます。

何年か前のダイヤ改正で早朝の浅草行の4連は無くなっています。浅草口は亀戸線の回送を除き全て6連以上になっています。新栃木~南栗橋間には今でも下り2本、上り3本の4両編成が残っています。伊勢崎線の方は館林以北に行かないと3連運用は見られません。

しかし、78型の4連運用の時間帯は結構混雑する時間帯で乗るには嫌なものでした。その他にも草加11時18分発の東武宇都宮行が新栃木の78型の4両編成でしたが、この前運用の草加9時58分発の浅草行4両が非常に混雑したのを覚えています。
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Author:東武73・78型旧型電車
昭和60年に消えた、東武鉄道の73・78系の懐かしい写真を紹介します。


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