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国鉄101系について

 こんにちは。久々の更新になります。
前回に引続き、国鉄電車について紹介させていただきます。東武に旧型電車についての記事をお待ちの方には大変申し訳ありませんが、どうぞお付合い下さい。

今年3月末で、旧国鉄101系である秩父鉄道1000型電車が引退しました。国鉄の101系としては最期の働き場所でしたが、これをもって、事業用車に改造された車両を除く全ての車両が引退しました。

IMG_0381.jpg
H25.8.31 三峰口 1003+1103+1203+1001+1101+1201
昨年の8/31に秩父鉄道で行われた、「さよなら国電リバイバル1000系貸切ツアー」に乗車した際の写真です。
このデハ1003は、津田沼電車のクモハ100-133を譲り受けたもので秩父鉄道に来る前は、総武・中央の緩行線を走っていました。オレンジの塗装が人気があり、1011編成が引退した後2代目のオレンジ塗装になりました。
個人的には、オレンジより子供の頃の山手線の101系の印象が強く、カナリアイエローが大好きです。

IMG_0305.jpg
H25.8.31 三峰口 1003他とC58363
パレオエクスプレスが到着し、C58363とデハ1003が並びました。クモハ101-133(デハ1003)は新製時は池袋電車区に配置されS40.4.24付で千葉局津田沼電車区に移動しています。小学生のころ父に連れられて成田山にお参りに行きましたが、上野から我孫子経由の成田行はC57、帰りの両国行はC58の牽引だったのを覚えています。千葉局時代にもC58と並んだこともあったのでないでしょうか。

IMG_0244.jpg
H25.8.31 三峰口 デハ1003 デハ1001
撮影会での一コマです。デハ1003とデハ1001が並びました。デハ1001は東京西局中野電車区のクモハ100-117を譲り受けた車両で、一番最初に秩父鉄道に来た車両です。京浜東北線のスカイブルーに塗られていましたが、京浜東北線では101系は5編成しかなく活躍した期間も永くなかったため、乗車したり見かけたりする事は少なく、馴染みの薄い塗装でした。

Image23_20140608162017156.jpg
S61.10.26 南流山 1173E Mc101-1014+M100-1014+T100-1006+T101-1208+M101-1013+Mc100-1013
ここからは、国鉄時代の101系や103系を紹介します。
武蔵野線の101系1000代のサヨナラ運転です。サヨナラ運転と言っても特別にスジを引いたものでは無く、定期列車にサヨナラマークを付けた囁かなものでした。武蔵野線はS48.10の開業以来豊田電車区の101系1000代が使われてきました。初期の車からの改造車が多く、かなり老朽化が進んでいました。冷房改造された車両も無く、冬は暖房の効きが悪くとても寒かったのを覚えています。
Image24.jpg
S61.10.26 南流山 1173EMc100-1013他 1112E Tc103-574+M102-486+M103-330+T103-244+M102-275+Mc103-128
Mc100-1013はシールドビームに改造されておらず原型ライトのままでした。隣りの103系は101系の置換えとして浦和・松戸から転属してきた車両です。

Image26.jpg
S61.10.26 吉川 1472E Mc100-1013+M101-1013+T101-1208+T100-1006+M100-1014+Mc101-1014
西船橋まで行った101系が折返してきました。左に見えるのは武蔵野操車場の引上げ線です。S59..2にヤードの機能を停止し線路の撤去も始まっていました。

Image32.jpg
S61.10.26 南越谷 1524E Mc103-153+M102-321+T103-2+M103-291+M102-446+Tc103-633
この日運用されていたエメラルドグリーンの103系です。101系の置換えのため松戸電車区から転属してきました。
この6両のうちMcMTcの3両は、S61の夏には川越電車区に貸し出され川越西線(川越~高麗川)に唯一の冷房車として活躍しました。

Image21_201406081620168c0.jpg
S61.10.26 南流山 1117E Tc103-113+M103-411+M102-567+M103-412+M102-568+Tc103-114
両端のTcは津田沼電車区から、中間の4両は池袋電車区からの転属車です。この時期、武蔵野線には各電車区からの転属車があり、色々な混色編成が走っていました。

Image23 (2)
Image28_20140608204017d1c.jpg
S61.11.20 石巻 DE10 1521+Mc100-1011+M101-1011+M100-1014+Mc101-1014
国鉄の時代も終わりに迫ったころ、豊田電車区の101系1000代4両が陸前原ノ町電車区に貸し出され仙石線で使われました。この写真は陸前原ノ町への回送の様子で、小牛田から非電化の石巻線をDE10に牽かれてきました。

Image2-2.jpg
S61.11.20 陸前富山~陸前大塚 回8426M M100-1011+M101-1011+M100-1014+Mc101-1014
秋に日は短く陽暮れが近づき暗くなってきました。松島湾に沿った海沿いの場所でカメラを構えていると101系のライトが見えてきました。何とか海沿いの場所で101系を撮影することが出来ました。陸前原ノ町電車区に貸し出された101系ですが、半自動などの設備が無いため仙台~東塩釜の朝ラッシュの運用だけで海沿いの区間まで運用されることは、殆どなったため良い記録になりました。

Image29.jpg
S60.1.18 大船 Mc100-801+M101-109+T100-107+T101-219+M100-31+Mc101-17+Mgc83814+Mgc83803
最期に101系の甲府行です。S40年代中央線では多客期に臨時急行のため三鷹区の115系を使用すると中距離用の115系が足りなくなり101系が甲府までの中距離電車の運用に入ることがありました。列車によっては荷電のクモニ83を併結します。この写真は、中央線のもので無くMc100-801他が大船工場に廃車回送されたときのもです。大船駅の南側にある大船工場への線路が分岐する信号所に到着すると、大船工場からクモニ83が2両で迎えに来ました。このクモニ83も三鷹電車区の車両ですが、大船工場へ廃車回送された車両で既に車籍はありません。101系800代とスカ色が併結したので、職員の方にお願いして行先幕を「甲府」に変えていただきました。ヤラセの写真です。
この頃、豊田に残る中央東線の115系を雑誌等で「山スカ」と呼んでいますが、「山スカ」は70系スカ型や72系の山用電車のことで、スカ色に塗られた115系とは別ものだと思うのは、私だけでしょうか?。チョット違うと思います。115系のスカ色は良いですが、シングルアームパンタを見ると興ざめします。これも、本物し知らない世代の呼び方ですね。

今回は、秩父鉄道1000系の引退に寄せて国鉄101系について、紹介させていただきました。
いつも沢山の方々にご覧いただき、ありがとうございます。

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No title

松戸から豊田に転入した車両で、非冷房のクモハ103-139や同-152は101系用の行き先幕になりました。
また武蔵野線ではサハ103-750の運用はありませんでしたが、101系のアシをもらったサハ103-3003が一時期編成に組み込まれ、京葉線経由で東京まで足跡を残したことを添えておきます。
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東武73・78型旧型電車

Author:東武73・78型旧型電車
昭和60年に消えた、東武鉄道の73・78系の懐かしい写真を紹介します。


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