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東上線73型の終焉から30年

 こんにちは、このところ更新のペースが鈍っています。また、コメントをいただいた方々にも返信が出来ないままで、
失礼しています。消費税率の改定の影響に多忙な状態が続いているためで、申し訳ありません。
撮影記録を眺めていると、S59.3の東上線の73型の最期の写真が目にとまりました。S59は西暦1984になります、今年は2014なので、もう30年前の話になります。それでは、東上線の73型の最期を紹介していきます。

S58も暮れも押し詰まった12月23日付で、森林公園検修区の73型18両が廃車になりました。
7300+306+7306+300、7315+311+7311+317、7326+363+7312+326、7328+309+7309+312の4両固定4本と7310編成から抜かれた中間車315+7315の18両でした。これにより73.78型の池袋乗入は消滅し、6・8両運用も無くなりました。

326-15-7300 7848 7849
S58.12.17 高坂~東松山 1206ㇾ300+7306+306+7300+848+7848+849+7849
東上線の73.78型の8両運用は、本線の73.78型には見られない魅力的なものでした。旧型車で組成された8両編成が都幾川の鉄橋を渡り終え高坂駅に向かいます。この先のカーブのため自動ブレーキを作動させ鋳鉄制輪子のザーという音をたて目の前を通過していきました。

S59年も明けると残った73型は、僅か14両で池袋への運用は無く北部ローカルと越生線のみの運用になっていました。
7303+305+7305+303、7304+362+7308+361、7325+360+7327+325の4両固定3本と7310+310の2両固定1本で、78型も7835~7844の10本が本線へ転属してしまったため、残ったのは7820型5本と7870型2本の14両のみとなっていました。

344-32-7303.jpg
S59.2.24 鉢形~玉淀 53ㇾ7303+305+7305+303
最期まで残った7303編成が、荒川橋梁を渡ります。前パン4両固定の美しい編成でした。7303.7310編成は東上線の運用終了後に本線への転属が決まり、期間限定ながら延命が決まりました。

344-23-7304.jpg
S59.2.24 武州唐沢~越生 3047ㇾ7304+362+7808+361
八高線との並走区間を行く7304編成、この編成は付随車が全て戦災復旧車で組成された編成でした。本線に居た73型は全て後パン車だったので、親しみを感じました。

348-12-7310.jpg
S59.3.2 武蔵嵐山~小川町 101ㇾ7847+847+7310+310
中間車のみが廃車となり2両固定となった7310編成です。本線への転属を知ったのは年明けでしたが、2両固定化は本線での使用を前提とした処置だった思います。専ら7847や7848編成と組成され池袋方に連結されていました。この7310編成の2両固定での活躍は以前に紹介していますので、そちらをご覧下さい。

361-16-7325.jpg
S59.3.24 越生 3022ㇾ7325+360+7327+325
越生駅に停車中の7325編成です。以上の4編成は最期まで残った73型でした。この7325編成も戦災復旧車のサハ360が組み込まれていました。前パンの4両固定、とても良いですね。いつか模型で再現してみたいものです。

351-9-7303.jpg
S59.3.13 坂戸~一本松 3042ㇾ7303+305+7305+303
当時、越生線の沿線も宅地が進んでいました。線路脇にも柵が作られる区間が多くなり、柵の無い区間を探すのに苦労した想い出があります。

351-18-7303 7325
S59.3.13 一本松 左3048ㇾ7303+305+7305+7303 右3049ㇾ7325+360+7327+325
一本松駅で73型の前パン同志の交換です。73型の数が減り73型同志の交換も減ってきました。しかし前パンは2編成残っていたため交換を撮影することが出来ました。
当時、森林公園検修区の4両運用は、47から53の7運用ありこの内の5つが越生線に関わる運用でした。北部ローカルの運用が2つしかないのは、この他の6両の運用が北部ローカルを担当していたからです。
当時のメモから、S59.3.13の運用を紹介します。
47:7303+305+7305+303
48:7851+851+7887+887
49:7304+362+7308+361
50:7847+847+7310+310
51:8534+8634+8512+8612
52:7325+360+7327+325
53:7848+848+7850+850

362-33-7310 7303
S59.3.28 和戸~久喜 回8346ㇾ7310+310+7303+305+7305+303
3.28になると7310+7303編成が本線へ転属して行きました。残った73型は、7304と7325の2編成となりました。この後、残った2編成もS59.3.30付で廃車となり、東上線の73型は終焉を迎えることになります。
この7310+7303編成の転属や伊勢崎線の通学臨電での活躍は、以前紹介していますのでご覧下さい・

363-13.jpg
363-14.jpg
S59.3.30 西大家~川角 3019ㇾ7325+360+7325+325
東上線での73型の運用最終日は、昭和59年3月30日(金)でした。7304編成は前日に運用を終了していたため、7325編成が東上線最期の73型となりました。前日の運用を終え越生駅に駐泊した7325編成は7:04に越生駅を出て3012ㇾ~3019ㇾ~3022ㇾで越生線を一往復半した後に回4001ㇾで森林公園へ回送されます。
この日は、西大家~川角間の高麗川橋梁で7325編成を狙いました。西大家駅を発車した7325編成は、高麗川橋梁にアプローチする勾配を吊掛けの唸りを上げながら登ってきました。最期の越生線の走行を噛み締めるように見えました。

363-10-5101.jpg
363-11-5501 5502
S59.3.30 西大家~川角 上3017ㇾ5401+5301+5201+5101 下3018ㇾ5602+5502+5601+5501
この日越生線に使われていたのは、7325編成の他5000系非冷房の2編成でした。5101編成は更新前は森林公園所属の7818.7802の4両固定で、5501と5502の方は館林所属の7810.7811編成でした。この時点で5000系は12両全車が森林公園に集結していました。下の写真、上り列車の窓には沢山の乗客の姿が見えます。

363-18.jpg
363-19.jpg
S59.3.30 東松山~森林公園 回4001ㇾ7325+360+7327+325
3019ㇾを撮影後に川角駅へ向かい、森林公園へ先回りして回4001ㇾを撮影しました。これが東上線の73型最期の走行となりました。モハ7325はS21にモハ63086として製造され名古屋鉄道に割当てられモ3702となった後、S24に東武鉄道に譲渡された経歴を持っています。東武ではモハ6325となった後、国鉄のモハ63型が桜木町で全焼する事故があり、車両の改良工事が行われモハ73に改番されのに習い、改良工事の後モハ7325に改番されました。S34.12に津覇車両で更新修繕が行われ廃車時の、78型と同じ車体となっています。

東上線の73型終焉から30年にあたり、東上線で最期の活躍をする73型を紹介しました。あれから30年、本当に時の経つは早いもので、色々なことがありましたが、正に「光陰矢の如し」過ぎてみれば、あっと言う間の30年でした。30年経った今でも73.78型の色々な記憶が甦ってきます。油い匂いの車内、発車時の振動、吊り掛けの唸りなど今でも鮮明に覚えています。館林検修区の運用の78型に乗車時、都県境付近でノッチを再投入し竹ノ塚通過時は100キロを超え全ての吊皮が踊りだし、網棚にぶつかって吊皮と網棚の合唱が始まりました。そして西新井手前のカーブにかかる手前でATSに引っ掛かり、非常ブレーキで豪快に停車しました。鋳鉄制輪子は、低速に入ってからブレーキが良く効き、飛ばされるような停車でした。その後、ブレーキエアーを籠めると、何事もなかったかの様に発車し、吊り掛けの唸りを上げながら西新井駅に向かったのが昨日のように想い出されます。

今回は、30年前の東上線73型の終焉について紹介させていただきました。
いつも沢山の方々にご覧いただき、ありがとございます。

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コメント

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No title

モハ7303の正面連結器は並型ではないようですね。
中間に挟まっている姿しか見かけませんでしたので、新たな発見に記録の大切さを知らしめてくれます。

東上線で73の準急乗っていますと、線形のよい場所で車体の横揺れを感じたことありますw
東洋大学から朝霞台手前の区間、速度も出ますがガコガコと共振。駅間際に盛大なブレーキ音も奏でる賑やかな電車でしたが、もう乗るのも見る事も叶わないのですね。

7303+303

こんにちは!

また貴重な写真をありがとうございます。

73・78系が末期で、寄居ローカルや越生線運用になっていた頃、ちょうど大学で下宿していた関係で、この時は鉄分が急速に低下していて空白期になっています。このころはいろいろ世代交代があったので、記録していない事をくやんでいます。73系貫通4コテの越生線運用も美しいですね。
いつも下り方は78系2連だったので、モハ7300が先頭に出ているのを見た記憶がありません。
比率は後ろパンタが多かったのにもかかわらず、7870系しか後ろパンタの印象が無いのも、その影響なんでしょう。そのため、模型では後ろパンタのモハ7300を再現したいです。

73・78系の8連は迫力がありますね。
私は、5000系の4+2+2の8連しか見た記憶がありません。
これまた悔やまれる1つです。

73系と78系の見分け方の一つとして連結器がありますが、モハ7329とクハ329は別として、モハ7303とクハ303はどこかの時点で連結器が交換されていますね。モハ7303は、ジャンパー連結器の床下受け部分が、元の自動連結器を正位置に戻す棒がついていた名残で並びが1+2のように隙間が開いています。
(※一本松のモハ7303とモハ7325の並びの写真でわかります。)
また、もう一つの見分け方である、パタサボの位置もクハ300は基本右側なのに、クハ303だけ更新時は右側だったのに、後に左側になっています。
(※2013/01/12の【73型前パンタ車とその編成】で紹介されています。)
このため、グローブベンチレーターが写ってないと見分けにくい車輌ですね。

Re: No title

 こんにちは、12号線様。
コメントありがとうございます。

モハ7303の連結器ですが、78型が使用している自動連結器と同じように見えます。
クハも同じ連結器がついていますが、この他に73型では7315編成、7329編成は同じ連結器を使用しているのが
確認出来ました。

Re: 7303+303

こんにちは、jiuliu様。
コメントありがとうございます。

7303に付いているのは、78型と同じ自動密着連結器でしょうか。
7303の他に7315、7329編成にも装備されています。いつ改造されたのは解りませんが、7329編成などは鉄道P誌に掲載のS40頃の写真もこの連結器になっています。また、7800型は73型と同じタイプの自動連結器を装備していますが、7806編成のみ7303と同型の自動密着連結器になっています。事故復旧の際にでも改造されたのでしょうか。7890、7820、7870型については、全車とも自動密着連結器となっています。

73系の形態

こんにちは!

7315Fも密自連仕様になっていたのですね。モハ7315が変更になっていたのは、私鉄電車ガイドブック(東京工業大学の方)で知っていたので、現役時代に気がついていたのですが、相棒のクハ317がどうだったかは、記憶がなく、今回すっきりしました。7329Fは、日車で製造中の78系の車体を流用したと思われるので、初めから密自連仕様だったと思います。7806Fは事故復旧時に標準部品だった蜜連仕様になったと思われるので、他の編成もクハかモハかの連結器の交換が必要となったのでしょうね。

それを考えると、73系の前パンタ車は、それぞれ仕様が違うことになりますね。

・モハ7323
前パンタ/自連/側面に形式表示+票差しあり/台車がFS−10
・クハ323
自連/側面に形式表示+票差しあり
・モハ7329
前パンタ/密自連/側面に形式表示+票差しあり/車体が7820
・クハ329
密自連/側面に形式表示+票差しあり/車体が820/運転台側横にステップが残存
・モハ7325
前パンタ/自連/側面に形式表示+票差しなし/アルミサッシュ
・クハ325
自連/側面に形式表示+票差しなし/アルミサッシュ
・モハ7303
前パンタ/密自連/側面に形式表示+票差しなし/アルミサッシュ
・クハ303
密自連/側面に形式表示+票差しなし/アルミサッシュ/パタサボ受けが左側

模型的には、作り分けができますね。

73・78系というと前パンタという印象が強いので、73系は後パンタ車の4コテ編成を作りたいと思っているのですが、それぞれ特徴が有るので、どの編成が良いか迷いますね。まだ7865Fが完成していないので着工は先になりますが。そういう意味で、旧型車は編成によって形態が違うのが面白いですね。

いつも貴重な写真をありがとうございます。いろいろ発見が有り、今後も楽しみにしています。

No title

当時高校生だったS58.11.14の県民の日、寄居で73型それも7300のトップナンバーに出会ったのを覚えています。前面の幌周りなどサビも目立っていましたが、その後1ヶ月余りで廃車になっていたんですね。別編成ですが翌春、通学輸送のために本線に73型が転属してきたのには驚きました。

Re: 73系の形態

 こんにちは、jiuliu様。
73型の形態分類ありがとうございます。

今回は、東上線の73型全車44両を紹介させていただきました。
車両によっては、余り良い写真が無く何とか全車44両揃えることが出来ました。
また、気が付いたことやリクエストがありましたらコメント等でお知らせ下さい。

いつもありがとうございます。

Re: No title

 こんいちは、元東武本線沿線住み様。
コメントありがとうございます。

S58.11.14は、私は鶴瀬駅で11802編成の試運転を撮影していました。この10000系達が73型の代替新造だったのです。12月の下旬で7300編成を含む73型18両が廃車になり、池袋口から73.78型の運用が消えました。
その後の本線通学臨電での活躍は、奇跡としか言いようがありません。本当に夢のような3ヵ月でした。
プロフィール

東武73・78型旧型電車

Author:東武73・78型旧型電車
昭和60年に消えた、東武鉄道の73・78系の懐かしい写真を紹介します。


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