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団体専用列車と57型 前編

 こんにちは。
昨日、今日と301編成を使用した団体専用列車を撮影してきました。西新井と草加からの乗車で鬼怒川温泉まで団体のお客様で昨日(1/12)は草加駅での客扱いを、本日(1/13)谷塚駅で撮影しました。
帰ってから写真を見ていたら、同じ様な写真を撮った記憶が甦ってきました。写真を探してみると丁度30年前に草加駅から57型の団体専用列車で鬼怒川温泉に向け出発する写真がありました。

IMG_0040_20140113153602790.jpg
H26.1.13 草加 5157ㇾ301-6~301-1

9703-373-1.jpg
S59.4.29 草加 3039ㇾ703+5703+701+5701+705+5705
同じ様なアングルで撮影しています。30年の間に草加駅も高架複々線となり近代的になりました。この写真では、正に高架工事中です。

IMG_0068.jpg
H26.1.13 草加~松原団地 5157ㇾ301-1~301-6
草加駅を出発して鬼怒川温泉に向かいます。最近はこの様な団体列車の設定も少なくなりました。

95705-373-3.jpg
S59.4.29 草加~松原団地 3039ㇾ5705+705+5701+701+5703+703
こちらも同じ様なアングルの写真がありました。30年の間に沿線の風景も大きく変貌しています。日比谷線直通の2000系の姿も見えます。

IMG_0097.jpg
H26.1.13 谷塚 5162ㇾ301-1~301-6
戻りの列車は谷塚で撮影しました。12時15分頃谷塚を通過しましたが、まだ側面に陽が回っていませんでした。

95702-757-31.jpg
S63.8.23 谷塚 3058ㇾ臨時快速、団体専用「林間学校号」5702+702+5705+705+5700+700
S63.8.9に竹ノ塚~草加間の高架複々線工事が完成しています。その直後に撮影したものですが、57型の背後い高層マンションはありません。青い空がいっぱいに広がっていました。


当時、一般の団体列車には57型が使われました。学生団体では57型の他に78型・8000系・5000系も使用されました。
57型は12両の小世帯で、私が子供の頃は53型と伴に伊勢崎線の急行「おりひめ号」に使われていました。S44に1800系が就役すると53型は一般車に格下げされましたが、57型は日光線の急行や団体用として残り、H3に引退するまで2ドアクロスシートのままでした。
2回に分けて57型12両について紹介したと思いますが、車両中心の写真のみのとし、走行写真については別の機会に紹介したいと思います。今回は、モハ5700~5702とクハ700~702を紹介します。

5700-K028-10(780505)
S53.5.5 新田~蒲生 モハ5700
モハ5700はS26日本車両製です。日光線の特急列車として活躍しました。5700.5701.700.701は「猫ひげ」と呼ばれる湘南タイプの流線型でしたが、モハ700はS35.2に半流の貫通型に改造されています。
この写真を撮影した当時は、前面に雨どいが無く車体のカーブが良く判ります。また、アルミサッシ化も行われていません。

5700-276-15.jpg
S58.5.24 春日部 3039ㇾモハ5700
雨どいが取付された後の姿です。車両の表情が変わり、53型等の旧型車の表情に近くなりました。側面の窓についても戸袋はHゴム、その他の窓は全てアルミサッシになっています。

5700-317-26.jpg
S58.10.29 春日部検修区 モハ5700
春日部検修区に佇むモハ5701、今の安っぽい電車と違い貫禄がありますね。

5700-434-5.jpg
S59.10.9 北春日部 回3054ㇾモハ5700
乗務員ドアは、この時点では桟付きになっていました。57型の乗務員ドアは引き戸では無く、客ドアの様にスライド式のドアでした。

5700-543-9.jpg
S60.5.28 姫宮~東武動物公園 3039ㇾモハ5700
東武動物公園手前の水田で、サイドデビューを捕えました。

700-37-29.jpg
S58.10.29 春日部検修区 クハ700
続いてクハ700です。モハ5700と同様にS26日本車両製です。こちらも流線型でしたが5700と伴にS35.2に貫通の半流型に改造されています。製造された当時はモハ5700と同じFS106台車でしたが、S37.11にモハ5801の直角カルダン台車KS105に台車交換しています。モハ5801は57型のFS106を履きモハ3376に更新後もモハ5700型と同じ台車を履いていました。

700-345-26.jpg
S59.2.26 田沼 回5642ㇾ~回5643ㇾクハ700
鉄道友の会東京支部の20周年記念として、浅草~葛生間で運転された記念列車です。葛生到着後に田沼まで一往復撮影用の回送列車が運転されました。当時の佐野線は貨物輸送が盛んで各駅に側線を有していました。

700-434-1.jpg
S59.10.9 北春日部 回3054ㇾクハ700
クハ700もモハ5700と同様に客室の窓は全てアルミサッシになっていましたが、乗務員ドアは、桟付きになっています。

5701-425-2.jpg
S59.9.12 春日部検修区 モハ5701
モハ5701はS26汽車会社製で、5700と同様に流線型で誕生しています。急行格下げによりS35.3に半流の貫通型に改造されました。しかし5701+701は廃車まで客室窓のアルミサッシ・Hゴム化は行われず最期まで原型を保っていました。廃車後に登場時の流線型に戻され、東武博物館に保存されています。

5701-747-5.jpg
S63.2.29 北春日部 回2090ㇾモハ5701
前の写真とは、反対側の側面です。浅草へ回送され折返し、臨時快速急行「おじか号」になります。

701-333-17.jpg
S59.1.20 牛田~北千住 5542ㇾクハ701
クハ701は、モハ5701と同じS26汽車会社製です。流線型でしたがS35.3にモハ5701と伴に半流の貫通型に改造されてます。また、台車についても41.2にモハ5800と台車交換を行い、FS105台車を履いています。

701-374-24.jpg
S59.5.4 春日部検修区 クハ701
モハ5701と同様に客室窓は木枠のままでHゴムやアルミサッシ化は行われていません。トイレの窓は小窓に改造されています。

701-460-21.jpg
S59.12.13 北千住 3039ㇾクハ701
北千住の下り予備ホームで退避中です。検査を出て間が無いのか車体が光っています。
廃車後もモハ5701と東武動物公園駅構内の旧杉戸検車区内に保管されていましたが、保存される事無くH21に北館林で解体されています。直角カルダン用の台車FS105は上毛電鉄に引き取られています。

701-778-33.jpg
H1.1.25 下今市 クハ701
引退も迫った平成に入ってからの撮影です。57型は厚いサボ受けが付けられていました。

5702-434-8.jpg
S59.10.2 北春日部 回3054ㇾモハ5702
モハ5702はS26汽車会社製で製造時は、モハ5710として誕生しましたが当初から半流貫通型でした。
5700.5701の半流貫通化、5720.5721の吊掛式はの改造により形式を区別する必要がなくなったため、S40.1にモハ5702に改番されています。

5702-677-5.jpg
S61.9.20 下今市 3054ㇾモハ5702
モハ5702もモハ5701同様、客室窓のHゴムやアルミサッシ化が行われず最期まで木枠のままでした。
ただ、S59の時点で乗務員室窓に桟はありませんが、S61の写真を見ると桟付になっています。

702-137-7.jpg
S56.8.17 春日部 クハ702
クハ702はS26汽車会社製で製造時は、クハ710として誕生し当初から半流貫通型でした。モハ5702と同様の理由によりS40.1にクハ702に改番されています。

702-198-22.jpg
S57.5.2 下今市 クハ702
台車は、S40.12にモハ5704(旧モハ5720、S40.1改番)と台車交換を行い東芝製の直角カルダン用の台車TT-3を履いています。また客室の窓も最期まで木枠のままでした。

702-433-28.jpg
S59.10.9 北春日部 回3054ㇾクハ702
乗務員室の窓については、時期により桟があったり無くなったりしています。この部分は破損等ににより検修区で交換が行われていたのかもしれません。

702-517-30.jpg
S60.3.31 春日部検修区 クハ702
検修区の裏から塀越しに撮影したものです。車体が綺麗なので検査を出てから日が余り経っていないのでしょうか。57型の検査は杉戸工場が担当してました。乗務員室窓は桟付きになっています。

今回はこの辺までとします。次回は5703~5705と703~705を紹介したいと思います。
いつも沢山の方々にご覧いただき、ありがとうございます。


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コメント

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57系

こんにちは!

ついに57系の登場ですね。しかも形式写真。いろいろ再発見もありそうですね。
入社直後の販売研修が本所吾妻橋担当だったので、昼休みは隅田公園あたりで東武電車を眺めていました。更新直後の5070系や57系も毎日走っていたのを記憶しています。
乗務員ドアの窓は、末期に先祖帰りしていますね。私も気になっていましたが、東武では予備品が無くなると、有りものに交換する事も多いので、交換前のものに戻したのかもしれないですね。
5700Fは、いつアルミサッシュ化されたか、ノーマークでした。でも、運転台横のステップが残っていたり、意外と原型を保っていましたね。
5701Fは、最後まで残っていた幸運編成ですが、クハが解体されたのは残念でしたね。クハ701のジャンパー線が中央にあり、テールライトが外よりなのが今回の写真でもよくわかりますね。モハ5701の復元のとき、運転台横のステップまでは再現されませんでした。ドアもそのままでしたが、ヘッドライトも1700系のものと、パーツがもう無いでしょうから仕方ないですね。
5702Fも運転台横のステップが残っていないですね、こちらはテールライトは通常位置でおとなしい感じです。
次回も楽しみにしています。

こんにちは。
鉄道模型をやっているので、今回の特集は非常に有難いです。最期まで優等列車として君臨、クロスシートと窓列びは東武の名車に相応しいですね。また、お話に上がっているテールライトはジャンパ栓に干渉しないよう片方が外側にずらしてあるようですが、モハも該当車が居たんですね。どんな事情か分かりませんが興味深いです。
復元保存の東武博物館にも頭が下がりますが、現役時代に見慣れた貫通・豚鼻ライトが見たかった気持ちもちょっとあったりします。

No title

78が20m車体で造られたのに、57は53との混結を前提とした車長を取ったようですね。
在来車とアコモデーションが相当違うようにも思えるのですが、伊勢崎線急行では58も57と組んだとか。
幌の支持方法も78とは異なるようです。

Re: 57系

 こんにちは、jiuliu様。
コメントありがとうございます。大変ご無沙汰しています。

57型の形態について、色々とありがとうございます。
しかし、57型も平成の時代まで良く残ったものだと思います。
鉄コレで晩年の姿の発売が決まりましたが、先の発売分と合わせ「だいや」や「おじか」の編成を
再現してみたいと思います。

Re: タイトルなし

 こんんちは、3551F様。
コメントありがとうございます。

私もやはり、猫ひげの顔より見慣れた貫通型の顔に親しみを感じます。
ジャンパ栓の位置等についは、jiuliu様が詳しく解説していただきいます。
末期は雑誌等にさかんに紹介されると、マナーの悪いにかわマニアが沢山出現して
撮影から遠のいていましました。最期はもっと静かに見送ってあげたかったものです。

Re: No title

 こんいちは、12号線様。
コメントありがとうございます。

伊勢崎線の急行時代は、5310型と併結運転を行い「おりひめ号」に使われていたのを良く覚えています。
また、夕方頃に快速色とオレンジ・ベージュの混色の臨時列車が下っていくのを良く見かけました。
当時は小学生で57や5310とは違うなと思っただけでした。後から、新栃木の5310(デハ10でない)や5320の集約臨だと知りましたが、時期も快速色から一般色への塗替えの時期だったようです。
プロフィール

東武73・78型旧型電車

Author:東武73・78型旧型電車
昭和60年に消えた、東武鉄道の73・78系の懐かしい写真を紹介します。


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