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さよなら8101編成(その2)

 こんにちは、大変ご無沙汰しています。
仕事が忙しくて、更新が全然出来ませんでしたが、久しぶりの更新となります。
先日8101編成の廃車回送に関連し、同編成の古い写真を何枚か紹介しました。
その後、8101編成の写真がまた何枚か出てきましたにで追加で紹介したいと思います。

228-5.jpg
S57.10.10 板荷~下小代間で臨時快速3039ㇾ東武日光行8401他です。
定番の「たびじ」は無く、「臨時 東武日光」の表示でした。下小代の築堤で正面から撮影しました。

228-6.jpg
S57.10.10 板荷~下小代間で臨時快速3039ㇾ東武日光8101他で、上の写真の後追いです。
後ろは「たびじ」のマークが付いていますが、良く見ると「たびじ」の部分に紙が貼ってあり手書きになっています。おそらく「林間学校」のマークの上に張り紙をしたものだと多います。方向幕も「快速 東武日光」で日光方と違っています。

397-28.jpg
S59.7.9 羽生駅での撮影です。以前に紹介しましたが、森林公園から杉戸へ7325編成の回送が行われ、牽引してきたモハ7848とクハ8401が羽生駅で出会いました。クハ8401は543ㇾ準急太田行です。モハ7848の方は回8346ㇾで7848+848+7325+360+7327+325+7887+887の編成で森林公園から遥々やってきました。7848と7887は翌日森林公園に帰るため、東上線用サボを付けたままでした。

S620203 西新井~竹ノ塚 8401
S62.2.3 西新井~竹ノ塚間で撮影した447ㇾ8401他で、準急羽生行です。
S61当時のメモを見ると、8101編成は春日部検修区に配属され、セイジクリームでした。S61.11.5に全検のため西新井工場に入場して、新塗装となっています。併せて、雨水浸入対策として上部灯を撤去しています。出場は11.18でした。
新塗装、原型顔での活躍は短い期間でした。車番が前面に書き込まれる事も無く、S63.3.7に更新のため西新井工場へ入場しています。この姿での活躍は約1年5ヵ月でした。

757-10(S630815).jpg
S63.8.15 西新井~竹ノ塚間で撮影した、更新直後の8401他北春日部行です。
S63.3.7に更新のため、西新井工場へ入場した8101編成は、S63.7.1に西新井工場を出場しています。
更新前に配属されていた春日部検修区に戻り、本線で活躍していました。
この8101編成が西新井工場を出場した日のメモがあり、S63.7.1は西工には、検査で他に春日部の8507編成、森林の8193編成、春日部の1761編成が、新車では新栃木の61103編成、更新では森林の8114編成が入場していました。

799-25(H20209).jpg
H2.2.9 南桜井~川間間での撮影で野田線転属後の8401他です。S63に更新が終わると、暫くして春日部から七光台へ転属しています。正確な転属時期はメモに無く不明です。この写真はH2の撮影ですが、列車種別幕の部分が白いままです。

今回は、8101編成の写真(2度目)を紹介させていただきました。
いつも沢山の方々にご覧いただき、ありがとうございます。
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コメント

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No title

こんばんわ

懐かしすぎる列車番号
3039・東武日光・浅草1050発
543・太田・浅草1030発
447・羽生・浅草1201発

北春日部は
833レか837レでしょうか?

今のダイヤからは想像も出来ない

手動方向幕
特徴あるフォントが懐かしいです

懐かしいですね

 こんばんは、8101Fの懐かしい写真が沢山ですね。更に未修繕で現行塗装という貴重な姿まで撮影していたとは・・・お見事です。
 修繕工事施工後は野田線での活躍が長く、特にクハ8401は前面の幌が取り外されたり種別幕が白から黒に変わったりクハ8101よりも変化が多かったように感じますね。

新色塗り替えの頃

こんにちは
新色の塗り替えが始まった頃、懐かしいですね。会社に入ってやっと自分の一眼レフを手に入れた頃で、下手くそでしたが、よく近所で撮影をしていました。
東上線では設備の関係か、最初は2コテのみ新色で、6コテや8コテはセイジクリームで出場していました。その結果、セイジクリームで、上部灯なし、車番表記あり、前面サボ受けなしの編成が多く見られました。
8101Fが野田線に転属したのは、平成元年(1989年)3月ですね。
野田線では、3000や2080を追いかけていましたが、8000の写真は撮っていませんでした。
やはり、日頃の記録が重要ですね。

No title

 当時は製造年のことまでは知りませんでしたので、8101Fに乗り合わせるとトップナンバーであるとともに、製造年が昭和38年と、昭和30年代であることに驚かされたものです。また、同時期の武蔵野線には101系が現存しており、こちらの昭和33年にも同様に驚かされました。どちらも私にとっては産まれる前の「白黒」の時代であり、「戦争直後」の時代に感じられ、「その頃の日本は、もう鉄道車両を作れるくらいにまで復興していたんだ」と思わされました。

Re: No title

 こんにちは、南栗橋車両管理区荒川支所様。
いつもコメントありがとうございます。

今では、長距離の準急電車が消え一番遠くて太田ですね。伊勢崎や東武宇都宮行が1時間の1本走っていた時代が懐かしく思います。特に西新井駅の独特なアナウンスは、今も忘れられません。
日光線では、新栃木行は1日1本だけと言う情けない状況ですが、朝早く北千住発とは言え各駅停車館林行が復活し緩行線に503ㇾが設定されています。
ありがとうございました。

Re: 懐かしいですね

 こんにちは、Yoshi@TJ Line様。
いつもコメント、ありがとうございます。

8101編成が消え、初期車も僅かとなりました。とは言っても七光台には各検修区から集まった8000系達が健在です。これから置換えが進みと思いますが、最期まで見守っていきたいと思います。
それと、栃木・館林・森林のワンマン車も忘れずに。

Re: 新色塗り替えの頃

 こんにちは、jiuliu様。
いつもコメント、ありがとうございます。

セイジクリームから現行色への塗替え時は、更新なども重なり色々なパターンが出来ました。自分でも余り写真は撮っておらず、何かの間合いに撮ったもの見てこんなのも撮ったんだと思い出すところです。
73・78型消え気力が失せていましたが、今となってはもう少し力を入れて撮っておけば良かったと後悔しているところです。
プロフィール

東武73・78型旧型電車

Author:東武73・78型旧型電車
昭和60年に消えた、東武鉄道の73・78系の懐かしい写真を紹介します。


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