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さよなら8101編成

 こんにちは。
9月24日、8101編成が廃車のため七光台検修区から旧館林荷扱所に回送され、約50年の活躍に終止符を打ちました。今回は8101編成の引退前の姿を紹介します。

今年になって、8000系の牙城であった野田線にも、10000系・60000系が配置され8000系の置換えが始まりました。S38.11.15に製造された8101編成も就役50年を目前にして引退の日を迎えました。
まず8101編成の更新前写真から紹介していきます。

375-17.jpg
S59.5.5 東武日光駅の撮影です。3058ㇾ8101他と並ぶ3060ㇾ885+7885+83+7838です。GWのため臨時快速の運用に就きました。引退直前の78型と8000系のトップナンバーが顔を揃えました。約29年前の東武日光駅です。

375-22.jpg
S59.5.5 東武日光 5番線に停車中の3058ㇾ臨時快速浅草行です。更新前の8101編成ですが、セイジクリームの車体がとても綺麗でした。

376-7.jpg
S59.5.5 東武日光駅 956ㇾ3572+3672に乗り、上今市~東武日光間の撮影地に向かいます。東武日光駅を発車する際に、885や8101の写真を撮ろうとすると車掌さんが撮り易いように乗務員室のドアを開けてくれました。一番左側の水道管の様なものがある部分に、国鉄日光駅と日光軌道線を結ぶ連絡線がありました。日光軌道線は清滝駅で古河鉱業の貨物を扱っていましたが、貨物は国鉄日光線に継送されていました。

376-9.jpg
S59.5.5 上今市~東武日光 3058ㇾ8101他
上今市駅を降り撮影地まで徒歩で40~50分位です。男体山をバックに8101編成の臨時快速がやってきました。

FH020003.jpg
H15.11 豊四季~初石間での撮影です。40周年記念マークを付けた8101編成です。コメントをいただいたため追加しました。あれからもう10年経ったとは、昨日の事の様に想い出されます。あの時は8101編成より8104編成ばかり撮影していました。

8101-1103.jpg
H24.11.3 幸手~南栗橋間での撮影で回8606ㇾ8101他です。S63に更新修繕を行い、その後七光台検修区に転属になりました。七光台に転属になると本線を走るのは、南栗橋工場への入出場や車輪転削のための回送だけとなりました。前日に車輪転削のため南栗橋に回送され、転削を終え七光台に向かいます。

11602 11601 11632 8101-0609
H25.6.9 七光台検修区 60000系の就役記念に開かれ七光台検修区でのイベントで61602、61601、11632と並びます。次の時代の野田線の輸送を担う新しい仲間にバトンを渡すかのようでした。

8101 8111-0609
H25.6.9 七光台検修区 東武博物館の動体保存車8111編成と並びます。8101編成は保存される事も無く、既に北館林で解体が始まっているようです。

8101-0613.jpg
H25.6.13 七光台検修区 6/13は東武博物館友の会の撮影会がありました。61601と8101が並び8101の綺麗な編成写真を撮ることが出来ました。

11601 8101-0613
H25.6.13 七光台検修区 61601と8101の並びです。あいにくの雨模様でレンズに水滴がかかってしまいました。

8401-0920.jpg
H25.9.20 藤の牛島~南桜井 1476A8401他です。この日が8101編成の最終営業日となりました。お客様を乗せて走るのも今日が最期です。この日、2276Aで七光台に22時30分に到着し営業運転を終了しました。

8401-0924.jpg
H25.9.24 館林~渡瀬 廃車回送は9/24でした。館林から佐野線に入り北館林を目指します。あと数分で終着駅です。沢山のファンが見守る中8101編成は最期の力走を見せてくれました。間もなく50年の生涯に終止符が打たれようとしています。

今回は8101編成の引退について、紹介させていただきました。S38に製造され増え続ける通勤・通学輸送を支えてきました。後輩にバトンを渡し、沢山のファンに見送られ静かに引退しました。
まだ、78型が健在のS50年代後半から60年代にかけ、春日部検修区時代が8101編成にとって一番輝いていた時期だった様に想います。決して良い色ではありませんでしたが、セイジクリームの8101が一番印象に残っています。

8101編成、約50年間本当にお疲れ様でした。そして、ありがとうございました。

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300系代走と57型代走の想い出

 こんにちは。
このところ多忙な日々が続いていましたが、9/21~23の3連休はカレンダー通り休みを取ることが出来ました。
18型の臨時快速を撮りに、明神で下車し城山に登りました。山頂で18型の臨時快速を待っていると友人がら連絡が入り、本日の1001ㇾで100系に車両故障が発生し、車両が足りないので本日と明日の1007ㇾは300系に編成変更との情報でした。

0922 1007-302
18型の臨時快速を撮影した後、お客様の案内に手間取ったのか3分遅れで1007ㇾが通過しました。ヘットマークの種別は判りませんでしたが、赤い幕を出しているにが確認出来ました。
H25.9.21 明神~下今市間1007ㇾ 302-1~302-6

0922 1128-301
山を下り、栃木駅の掲示を見ると1115ㇾ、1128ㇾも編成変更になっている旨の記載がありました。
上り1128ㇾは合戦場駅で撮影しました。今度は301-1~301-6の編成でした。ヘットマークは「臨時」の表示で「特急」を期待していましたが、300系には「特急連絡」のマークはあっても「特急」のマークが無いことは後で知りました。
H25.9.21 合戦場1128ㇾ 301-1~301-6

0923 1007-302
翌日も草加駅の掲示で、1007ㇾ.1020ㇾ.1121ㇾ.1132ㇾの編成変更を確認しました。
早速草加駅で1007ㇾを狙います。
H25.9.22 草加1007ㇾ 302-6~302-1

0923 1020-302
上り1020ㇾは谷塚駅で撮影しました。普段は、夜間の「きいふり」や団臨位しか仕事の無い300系ですが、この3連休中は大活躍でした。
H25.9.22 谷塚1020ㇾ 302-1~302-6

この300系の代走を撮影しながら、S59末~S60正月にかけ1720系が踏切事故により入場したため、57型が「けごん」を代走したのを想い出しました。57型の代走とハプニングについて紹介します。

S59.12.15日光線の家中付近で踏切事故が発生し、衝突した乗用車に火災が発生したため1756.1755が焼損してしまいました。焼損した1756.1755は、12.16の深夜に7874+874+1756+1755+7875+875の編成で78型に牽引され復旧のため西新井工場に入場しました。復旧まで約1ヵ月を要し、年末・年始の多客期に1720系が足りなくなりました。急遽、「けごん5号.24号」を快速急行用車両57型に編成変更し運転することになりました。
57型がそのままでは、特急スジでは走れません、時刻変更と特急料金の全額払戻しが行われました。

代走日とスジは以下のとおりでした。

 けごん5号 浅草8:20 →  東武日光10:18 12/29.31 1/2.4
けごん24号 東武日光16:15 → 浅草18:20 12/29.30.31 1/2~6

473-6.jpg
S60.1.4 五反野~梅島間で57型代走の5ㇾを撮影しました。列車が近づいて来るとサボ受けに青いマークが入っているが見えました。良く見ると手作りの「けごん」のヘットマークでした。この日の5ㇾの編成は705+5705+703+5703+701+5701でした。

473-22.jpg
5ㇾは東武日光到着後、下今市に回送されます。下今市に着くと57型は回送で下今市駅に到着していて留置線に入っていました。下り方に付いていたヘットマークは、折返しの24ㇾに備えてか上り方に移されていました。
S60.1.4 下今市で留置中の5701他に1020ㇾの1711や6000系が並びます。

473-17.jpg
白黒写真ですとヘットマークが、見ずらいので拡大した写真です。手作りの「けごん」のマークを付けた5701です。
S60.1.4下今市

473-28.jpg
夕方、24ㇾに充当されるため、男体山を背に回送で東武日光に向かいます。線路には雪が残りとても寒い日でした。S60.1.4 上今市~東武日光 5701+701+5703+703+5705+705

474-3.jpg
回送で東武日光に到着し、折返し24ㇾとなります。
S60.1.4 東武日光24ㇾ 5701+701+5703+703+5705+705で隣りには62ㇾ6101+6201が並びます。

474-17.jpg
暫くすると6番線に2096ㇾ「だいや96号」が入線してきました。4番線に24ㇾ5701+701+5703+703+5705+705
、5番線に62ㇾ6101+6201、6番線に2096ㇾ5702+702+5700+700+5704+704が並びます。57型12両全車が顔を揃えています。S60.1.4 東武日光駅での撮影です。

474-33.jpg
S60.1.4 東武日光24ㇾ5701他と2096ㇾ5702他です。
この日は、24ㇾには整理券を貰えば特急券無しで乗車出来るとの事で24ㇾに浅草まで乗車しました。
東武日光を16:15に出ると下今市16:28、北千住18:07、終点浅草は18:20の到着でした。当時は、栃木や春日部など見向きもせず通過しました。車内は空いていましたが、殆どフルノットでの走行で吊り掛け音を堪能することが出来ました。特に東武動物公園通過後、北千住までの吊り掛け音は凄まじかったの覚えています。

浅草駅に着くと様子が少し変です。5701の先頭部に本社の旅客課員らしき人が何人か集まり、ヘットマークを外して持っていきました。話の様子を聞いていると「なぜ、こんなものが付いているのか」と話しているのが聞こえました。後で聞いた話では、このヘットマークはファンがこっそりと付け浅草~東武日光間を1往復してしまった様でした。でも、東武日光到着後にヘットマークが下り方から上り方に移されていたのは社員の手助け無しには無理な様に思います。

476-24.jpg
色々とハプニングがあった57型の代走ですが、入場していた1751~1756の復旧が終わりS60.1.12に試運転が行われました。
60.1.12 西新井~竹ノ塚 試7310ㇾ1751+1752+1753+1754+1755+1756
今回のハプニングはこれで終わりではありません。試運転の数日前にとんでもないハプニングがあったのです。

475-2.jpg
1755.1755の復旧が終わると、全編成で組成して試運転を行わなればなりません。春日部検修区に留置されている1751~1754を西新井工場に回送する必要があります。1756+1755の部分に7872+872を組成して白昼堂々と西新井まで回送されました。
S60.1.9 西新井~竹ノ塚 回8048ㇾ1751+1752+1753+1754+872+7872 DRCの後ろにクリーム色の78型が連結されていいるにが判ります。本来この回送は、前日の1.8に行われる予定でしたが1720系と78型の繋ぎが上手くいかず1日順延されています。

今回は、300系の代走に関連しS59年末からS60年始にかけて行われた57型の代走について、ハプニングを含め紹介させていただいました。
いつも沢山の方々にご覧いただき、ありがとうごあいます。
78型とDRC1720系との併結運転については、別の機会に他の写真も紹介したいと思います。

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懐かしの荷物電車

 こんにちは。
多忙のため、暫く更新が出来ませんでした。久々の更新となります。

今回は、荷物電車の懐かしい写真を紹介致します。まず、東上線の荷物・郵便電車です。

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S53のお正月に東北本線にEF57の臨時急行を撮りに行きました。その帰り杉戸駅の構内に荷電が2両留置されているのが見えました。留置されていたのは森林公園検修区のモユニ1190とモユニ1491でした。
S53.1.7 杉戸 モユニ1190+モユニ1491

1190-2.jpg
モユニ1190はT14製で、西新井工場の入換車モハ1101に次ぐ古豪でモニ1471.1472と同系列になります。
本線の荷電と違い東上線は、郵便・荷物電車でこのモユニ1190も独特のドア配置でした。またブリル台車を履いています。サボ受けも残っていて「荷」のサボが前後に差し込まれていました。

1190-5.jpg
モユニ1190の池袋側の妻面です。製造当初はモハ1101などと同じ5枚窓でした。S38.8に踏切事故復旧の際に3枚窓に改造されています。正面窓の上下にウインドシル、ウインドヘッターが残りモニ1471や1472に比べ味のある顔をしていて、愛敬があります。

1190-3.jpg
1190-4.jpg
側面も山側・海側を両方撮影しましたが、引きが無く良い写真が撮れませんでした。両車の検査標記を見ると前回の検査がモユニ1190がS51-10杉工、モユニ1491がS52-6杉工となっていました。検査の際はわざわざ杉戸まで回送していたのですね。

1190+1491.jpg
左がモユニ1190、右がモユニ1491です。東上線の荷物電車はS52.10.21のダイヤ改正で廃止され2両連結して秩父鉄道経由で廃車回送されて来た様です。最期の最期にモユニ1190、1491に会うことが出来ました。
1491-1.jpg
1491-2.jpg
こちらは、モユニ1491です。なぜか1190の方ばからシャッターを切っていて、1491の方はこの2枚位しかマシな写真はありまでした。館林研修区のモニ1473~1475と同じ系列でS3製です。架線の無いところですがパンタグラフが上がっていて、大きなパンタグラフが載っているのが判ります。サボ受けは残っていましたが、正面窓の内側に「荷」のサボを下げていました。
これらの写真は全てS53.1.7 杉戸駅構内での撮影です。暫くして、杉戸駅も通るとモユニ1190.1491の姿が跡形も無く消えていました。

続いてオレンジ1色の時代のモニ1473.1475を紹介します。

1473-1.jpg
S49.4 春日部駅で撮影したモニ1473です。オレンジ1色の時代で大きなパンタグラフが載っています。
中学生の頃の写真で、野田線ホームでモハ5310を待っている時に撮影したものです。

1473-2.jpg
同じモニ1473です。荷物ドアは木製で旧客ドアもプレスドアとなっています。平成まで生き残ったモニ1473のS40代の姿です。リコーオートハーフで撮影した写真のため、酷い写真です。

1473-3.jpg
モニ1473を2エンド側から撮影した写真です。モニ1473は、下り伊勢崎方が非貫通3枚窓、上り浅草方は貫通ドア付きでした。春日部駅も懐かしい雰囲気です。後方に6000系の快速電車が停車しています。

1474-1.jpg
1474-3.jpg
最期にモニ1475を紹介します。これも1473と同じS49.4春日部駅での撮影です。
1475は1473と同じS3製です。モハ1473と向きが違い、上り浅草方が非貫通でパンタ付き、下り伊勢崎方が貫通ドア付きでした。非貫通3枚窓の顔は、1473に比べ窓がかなり小さくウインドシル・ヘッターもありませんでした。S49.9.26付で廃車になっていてこの頃が最期の活躍だった様です。
本線の荷電は、正面窓の内側に「荷」のサボを下げていますが、この1475の下り方は「荷物」のサボになっています。前に方面別のサボのデザインを紹介した際に、日光線は山型、伊勢崎線は無地をなっていることを紹介しましたが、荷電のオレンジ・ベージュ時代の写真を見ると窓の内側に掛けられた「荷」のサボにも写真にある無地と日光線のデザインの山型があるのが判りました。その後取外しが面倒なためか、全て無地のもに統一されています。

今回は懐かしい荷電の写真を、紹介させていただきました。
いつも沢山の方々にご覧いただき、ありがとうございます。
プロフィール

東武73・78型旧型電車

Author:東武73・78型旧型電車
昭和60年に消えた、東武鉄道の73・78系の懐かしい写真を紹介します。


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