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科学万博と常磐線

 こんにちは。
昭和60年に茨城県の牛久で科学万博が開催され、常磐線に数多くの臨時列車が運転されました。
その中の写真から2枚ほど、紹介させていただきます。

585-11.jpg
S60.9.15 牛久 回9403MTc583-29他と1017MTc481-20他「ひたち」
583系の「エキスポドリーム号」の回送と485系「ひたち」、国鉄特急型の並びです。
「エキスポドリーム」は、科学万博のホテル不足を解消するための臨時列車で、夜土浦で客扱いを行い電留線に入庫し
翌朝「万博中央駅」まで来て、お客様を降ろし牛久へ来て土浦へ帰ります。
こんな並びは当時としては日常の出来事でした。

585-12.jpg
S60.9.15 牛久 回9403MTc583-29他と8403S「エキスポライナー」Tc401-14他
科学万博開催により411系が多数増備されました。411系は401系の置換えとして増備されましたが、万博中は臨時列車運転のため、401系は廃車にならず万博の終了後に廃車となっています。
Tc401の低運車は5両いましたが、先頭に立つのはシールドビームの3両で唯一のデカ目Tc401-14は中間に封じ込めになっていましたが、万博の末期に編成替えを行い上野方の先頭に立つようになりました。
キハ58やEF80又はEF81+12系の「エキスポライナー」もありとても楽しい時期でした。

いつも沢山の方々にご覧いただき、ありがとうございます。

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常磐快速103系4色編成

 こんにちは。
以前お伝えした、常磐快速103系の4色編成の写真が出てきましたので紹介させていただきます。
今回はこの1枚だけです。

Image24_2014063021281977c.jpg
S59.2.16 鶯谷 1535H Tc103-638+M102-558+M103-432+T103-2+M102-2035+M103-778+T103-247+T103-246+
M102-324+Mc103-155
前から2.3両目のオレンジの車両は淀川電車区から、4両目のスカイブルーの車両は日根野電車区から、5・6両目のカナリアイエローの車両は宮原電車区からの転属車両で、いずれも関西の大阪と天王寺鉄道管理局からの転属車でした。
これは、S58の常磐快速と山手増発用として関西から、福知山線の編成短縮や検査周期の見直しにより捻出された車両でした。当時の国鉄は費用を抑え、車両のやり繰りにより増発を行う苦しい財政事情がうかがえます。
他線でも混色編成が走り、ファンにとっては楽しい時期でした。

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103系1000代快速運用

 こんにちは、前回に続き今回も国鉄ネタです。
今回は、常磐緩行・千代田線用の103系1000代の快速運用について紹介致します。

510-20.jpg
S60.3.23 上野 1333H Tc103-1011+M103-1033+M102-1033+M103-1034+M102-1034+M1034-1036+M102-1036+M103-1037+M102-1037+Tc103-1022
S59より常磐緩行線に203系冷房車が投入され、103系1000代の置換えが始まりました。103系1000代は奈良線用の105系等に改造されたものと、常磐線に残り快速用に転用された車がありました。103系1000代を快速に転用することにより、103系0代のMcを含む編成を武蔵野線に転属させ、101系1000代を置換えました。
会社の帰り、上野駅まで来るステッカーも無い103系1000代が快速運用に就いているのも見てビックリ、カメラを持っていたので撮影することが出来ました。103系1000代が原色ステッカー無しで快速運用に入るには、S46の急緩分離前以来のことではないでしょうか。

510-4.jpg
S60.3.23 上野 1333H Tc103-1011 1335H Mc103-136他
クモハ103-136と並びました。103系0代は、上野⇔取手の矢印式の方向幕を表示していますが、103系1000代には矢印式の方向幕は無く、単独の表示となっています。

510-24.jpg
S60.3.23 上野 1333H Tc103-1022他
撮影しているうちに発車時刻となり、103系1000代は取手に向け発車しました。クハ103-1022の左上のJNRマークが輝いています。汚らしいJRマークとは大違いです。

510-30.jpg
S60.3.23 北千住~綾瀬 1533H Tc103-188+M103-1057+M102-1057+M103-1058+M102-1058+103-1061+M102-1061+M103-1062+M102-1062+Tc103-627
北千住で降り、荒川放水路の鉄橋で折り返しを待ちましたがTcが0代とMMが1000代の編成に車交されていました。103系1000代のステッカー無し車の運用は午前中で終わったようです。それでも気を取直し鉄橋の下り方でTc103-188を狙いました。この車は、常磐線では唯一の新製時からシールドビームの車両です。103系1000代との併結前は常磐無線が設置されいなかったため、中間に組み込まれ先頭に出ることはありませんでした。

530-2.jpg
S60.4.20 三河島 1371H Tc103-1011+M103-1033+M102-1033+M103-1034+M102-1034+M103-1036+M102-1036+M103-1037+M102-1037+Tc103-1022
チョットピント甘い写真ですが、暫くしてこのTc103-1011の編成に常磐線(快速)にステッカーが貼られていました。正式に快速用になったのでしょうか。
534-7.jpg
S60.4.29 上野 1333H Tc103-1011 1335H Mc103-137他
暫くして3/23と同じ、シーンを撮影することができました。クハ103-1011にはステッカーが貼られていることと並んでいるMc103が136号車と137号車の違いです。

540-3.jpg
S60.5.20 北千住~綾瀬 1071H Tc103-1022他
荒川放水路の鉄橋を渡るTc103-1022他です。編成番号が9になっています。鉄橋の架け替え工事が進んでいます。旧鉄橋はケーブルが煩いながらも何とか写真が撮れましたが、新しい鉄橋に替わると撮影は全く出来なくなりました。

539-30.jpg
S60.5.20 北千住~綾瀬 1051H Tc103-1025+M103-1025+M102-1025+M103-1026+M102-1026+M103-1028+M102-1028+M103-1064+M102-1064+Tc103-1026
両端のTcだけがエメラルドグリーン一色に塗替えられた編成です。この編成は暫く前まで9番編成を名乗っていました。
オール地下色のTc103-1011の編成は、中間のMM車から順次エメラルドグリーンに塗替えられ両端のTcの塗装変更はS61.11でした。

今回は103系1000代の地下色のステッカー無し車の快速運用について、紹介させていただきました。 S59.~60頃の松戸電車区の編成の組替えは実に楽しいものでした。JRとはスケールが違い全国規模での転配が行われました。国鉄の財政難を象徴し、各地から捻出された車が松戸にやってきました。関東圏の各電車区の他に関西の鳳、宮原、明石、淀川電車区からの転入もあり、一時エメラルドグリーン、カナリアイエロー、オレンジ、スカイブルーの4混色もありました。
これらは、また別の機会に紹介したいと思います。いつも沢山の方々にご覧いただきまして、ありがとうございます。

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国鉄101系について

 こんにちは。久々の更新になります。
前回に引続き、国鉄電車について紹介させていただきます。東武に旧型電車についての記事をお待ちの方には大変申し訳ありませんが、どうぞお付合い下さい。

今年3月末で、旧国鉄101系である秩父鉄道1000型電車が引退しました。国鉄の101系としては最期の働き場所でしたが、これをもって、事業用車に改造された車両を除く全ての車両が引退しました。

IMG_0381.jpg
H25.8.31 三峰口 1003+1103+1203+1001+1101+1201
昨年の8/31に秩父鉄道で行われた、「さよなら国電リバイバル1000系貸切ツアー」に乗車した際の写真です。
このデハ1003は、津田沼電車のクモハ100-133を譲り受けたもので秩父鉄道に来る前は、総武・中央の緩行線を走っていました。オレンジの塗装が人気があり、1011編成が引退した後2代目のオレンジ塗装になりました。
個人的には、オレンジより子供の頃の山手線の101系の印象が強く、カナリアイエローが大好きです。

IMG_0305.jpg
H25.8.31 三峰口 1003他とC58363
パレオエクスプレスが到着し、C58363とデハ1003が並びました。クモハ101-133(デハ1003)は新製時は池袋電車区に配置されS40.4.24付で千葉局津田沼電車区に移動しています。小学生のころ父に連れられて成田山にお参りに行きましたが、上野から我孫子経由の成田行はC57、帰りの両国行はC58の牽引だったのを覚えています。千葉局時代にもC58と並んだこともあったのでないでしょうか。

IMG_0244.jpg
H25.8.31 三峰口 デハ1003 デハ1001
撮影会での一コマです。デハ1003とデハ1001が並びました。デハ1001は東京西局中野電車区のクモハ100-117を譲り受けた車両で、一番最初に秩父鉄道に来た車両です。京浜東北線のスカイブルーに塗られていましたが、京浜東北線では101系は5編成しかなく活躍した期間も永くなかったため、乗車したり見かけたりする事は少なく、馴染みの薄い塗装でした。

Image23_20140608162017156.jpg
S61.10.26 南流山 1173E Mc101-1014+M100-1014+T100-1006+T101-1208+M101-1013+Mc100-1013
ここからは、国鉄時代の101系や103系を紹介します。
武蔵野線の101系1000代のサヨナラ運転です。サヨナラ運転と言っても特別にスジを引いたものでは無く、定期列車にサヨナラマークを付けた囁かなものでした。武蔵野線はS48.10の開業以来豊田電車区の101系1000代が使われてきました。初期の車からの改造車が多く、かなり老朽化が進んでいました。冷房改造された車両も無く、冬は暖房の効きが悪くとても寒かったのを覚えています。
Image24.jpg
S61.10.26 南流山 1173EMc100-1013他 1112E Tc103-574+M102-486+M103-330+T103-244+M102-275+Mc103-128
Mc100-1013はシールドビームに改造されておらず原型ライトのままでした。隣りの103系は101系の置換えとして浦和・松戸から転属してきた車両です。

Image26.jpg
S61.10.26 吉川 1472E Mc100-1013+M101-1013+T101-1208+T100-1006+M100-1014+Mc101-1014
西船橋まで行った101系が折返してきました。左に見えるのは武蔵野操車場の引上げ線です。S59..2にヤードの機能を停止し線路の撤去も始まっていました。

Image32.jpg
S61.10.26 南越谷 1524E Mc103-153+M102-321+T103-2+M103-291+M102-446+Tc103-633
この日運用されていたエメラルドグリーンの103系です。101系の置換えのため松戸電車区から転属してきました。
この6両のうちMcMTcの3両は、S61の夏には川越電車区に貸し出され川越西線(川越~高麗川)に唯一の冷房車として活躍しました。

Image21_201406081620168c0.jpg
S61.10.26 南流山 1117E Tc103-113+M103-411+M102-567+M103-412+M102-568+Tc103-114
両端のTcは津田沼電車区から、中間の4両は池袋電車区からの転属車です。この時期、武蔵野線には各電車区からの転属車があり、色々な混色編成が走っていました。

Image23 (2)
Image28_20140608204017d1c.jpg
S61.11.20 石巻 DE10 1521+Mc100-1011+M101-1011+M100-1014+Mc101-1014
国鉄の時代も終わりに迫ったころ、豊田電車区の101系1000代4両が陸前原ノ町電車区に貸し出され仙石線で使われました。この写真は陸前原ノ町への回送の様子で、小牛田から非電化の石巻線をDE10に牽かれてきました。

Image2-2.jpg
S61.11.20 陸前富山~陸前大塚 回8426M M100-1011+M101-1011+M100-1014+Mc101-1014
秋に日は短く陽暮れが近づき暗くなってきました。松島湾に沿った海沿いの場所でカメラを構えていると101系のライトが見えてきました。何とか海沿いの場所で101系を撮影することが出来ました。陸前原ノ町電車区に貸し出された101系ですが、半自動などの設備が無いため仙台~東塩釜の朝ラッシュの運用だけで海沿いの区間まで運用されることは、殆どなったため良い記録になりました。

Image29.jpg
S60.1.18 大船 Mc100-801+M101-109+T100-107+T101-219+M100-31+Mc101-17+Mgc83814+Mgc83803
最期に101系の甲府行です。S40年代中央線では多客期に臨時急行のため三鷹区の115系を使用すると中距離用の115系が足りなくなり101系が甲府までの中距離電車の運用に入ることがありました。列車によっては荷電のクモニ83を併結します。この写真は、中央線のもので無くMc100-801他が大船工場に廃車回送されたときのもです。大船駅の南側にある大船工場への線路が分岐する信号所に到着すると、大船工場からクモニ83が2両で迎えに来ました。このクモニ83も三鷹電車区の車両ですが、大船工場へ廃車回送された車両で既に車籍はありません。101系800代とスカ色が併結したので、職員の方にお願いして行先幕を「甲府」に変えていただきました。ヤラセの写真です。
この頃、豊田に残る中央東線の115系を雑誌等で「山スカ」と呼んでいますが、「山スカ」は70系スカ型や72系の山用電車のことで、スカ色に塗られた115系とは別ものだと思うのは、私だけでしょうか?。チョット違うと思います。115系のスカ色は良いですが、シングルアームパンタを見ると興ざめします。これも、本物し知らない世代の呼び方ですね。

今回は、秩父鉄道1000系の引退に寄せて国鉄101系について、紹介させていただきました。
いつも沢山の方々にご覧いただき、ありがとうございます。

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広島駅で撮影した、103系・105系

 こんにちは。
5月23日に出張で広島に行ってきました。新幹線を降り在来線のホームに行くと黄色に塗られた呉線の103系と可部線の105系が停車していました。

IMG_0902.jpg
H23.5.23 広島 左5640M Mc103-48+M102-145+Tc103-86 右771M Mc105-528+Tc105-1
広島の103系も残すところ、3連3本の9両のみとなりました。呉線の安芸路ライナーを中心に運用されています。
3本とも黄色の広島地域色に塗替えられ、瀬戸内色の車はもういません。黄色といっても山手線や総武緩行の101系に塗られたいたカナリアイエローとは違い、山吹色に近い色です。また、純正のクモハ103もこの48号車1両のみとなりました。3両とも新製時は京浜東北線で使用されていました。105系の方は新製時は常磐緩行・千代田線で活躍した103系1000番台を改造した車両です。
広島駅では、色こそ違え回りは全て国鉄型でJR後の車両は芸備線の気動車と貨物の機関車のみでした。JR西日本広島支社となっていますが、正に広島鉄道管理局でした。

Image20.jpg
Image11_2014052521223004f.jpg
S59.3.16 広島 736M~735M Mc73061+Tc79-312
73系時代の可部線の写真がありました。同じ広島駅の4番線に停車しています。クモハ73061、クハ79312ともS45.8.1付で松戸電車区から広島に転属してきた車です。この後、松戸電車区から103系1000番台や0番台を改造した105系に追われ廃車となりました。クモハ73061は東鉄時代に前面の窓2枚がHゴム化されています。常磐無線の台座も残り好きな車両の一つでした。

Image2_20140525212940a6e.jpg
S59.3.16 広島 荷37ㇾEF5856
73型を撮影する少し前に1番線に荷物列車が入っていました。EF5856の牽引する荷37ㇾでSGの湯気を上げています。広島駅ではSGに給水を行っていました。Hゴム化された56号機ですが、この時は下関に所属しEF58の終焉が迫った頃でした。機関車については、Hゴム化した車は嫌われていました。原型窓だ大窓だと雑誌を賑わしていましたが、確かに原型窓の車は美しいと思いますが、Hゴム化されていてもEF58はEF58です。Hゴムの車両が来てガッカリした等の車両を貶した内容を見ると、記事を書いた人には、もっとガッカリします。鉄道車両は、ファンのために走っているのではありません。

今回は広島に出張に行った際に見た、103系・105系と73型を紹介しました。可部線の73型や105系については、結構撮影しているので、また改めて紹介したいと思います。
いつも沢山の方々にご覧きただき、ありがとうございます。
プロフィール

東武73・78型旧型電車

Author:東武73・78型旧型電車
昭和60年に消えた、東武鉄道の73・78系の懐かしい写真を紹介します。


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